平成16年3月、東墨田の住民の方から大瀬康介宛に電話があった。
住居の隣接地に産業廃棄物処理場が建設されようとしており、住民で反対運動をしているのだが効果がないので助けて欲しいとの事だった。
現場に近づくにつれ「産廃施設絶対反対」の張り紙があちこちに貼られている事に気が付く。
現場に到着すると、建設予定地の皮革工場跡地がすでに産業廃棄物処理場と化していた。
またその付近では台東区内の産廃業者が皮革工場跡を買収し、本社を移して産業廃棄物処理場を建設していた。
ただ、業者のトラックの車体にはISO取得と書かれている。
産業廃棄物処理場は許認可事業である。
廃棄物の種類、処理量、移動、保管及び管理方法が厳しく定められているはずだ。
業者のトラックにISOを取得と書かれているのできちんとしているのかと思いきや、許可されたゴミの量や施設、保管方法等で違法な事実が調査の結果判明した。
東墨田に産業廃棄物処理業者が集まる背景として墨田清掃工場が作られた事が考えられる。
それがきっかけで産廃業者が清掃工場の付近に拠点を持つメリットを感じ、更に産業構造の変化と相次ぐ皮革工場の廃業が拍車をかけた。
皮革工場には多額な設備投資が必要な排水処理施設設置義務が課され廃業が相次いで空き工場となり、地価が下落し、そこに産廃業者が集まり始めたということだ。
こうした流れを放置すれば東墨田は産廃銀座と化す事がわかった。
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